2014年7月31日木曜日

鉄スクーター ヒラノポップマンリー(平野製作所)







平野製作所(ひらのせいさくしょ)はかつて日本に存在したモペット、スクーターなどを製造するオートバイメーカーである。
創業は1920年(大正9年)で、愛知県名古屋市中川区に織物機械のメーカーとして誕生した。1930年代に入るとオート三輪の製造にも少数ではあるが着手している。戦後、1953年にスクーターの製造も始め、ヒラノポップC28-60を発表。翌1954年にはC28-60のモデルチェンジであるC29-60と100ccのヒラノポップ100を販売した。1955年にはヒラノポップポニーCP、ヒラノモペットST1を販売した。1956年には165ccのヒラノポップ165と121ccのヒラノポップマンリーCMを販売し、翌1957年には121ccのヒラノマンリーFNと80ccのヒラノポップポニー80を販売し、1958年にはヒラノポップマンリーFNの一部の車種にバッテリーフラッシャーを追加し、1959年にはヒラノポップマンリーFNの標準装備とした。1960年には175ccのヒラノポップマンリーFEの他、フランス、バルモビルスクーターを参考に海外輸出用として生産した日本初の折り畳みスクーター、ヒラノバルモビル50を発売した。1961年には繊維不足により繊維業不況が起こったため資金繰りが悪化し会社は倒産したことによりヒラノバルモビルも国内で発売されるようになった。

解説・・・ウイキペディアより


























取材協力・・・・改革堂様


ありがとうございました!




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